自治の会長ですよ

前回の最後に、「自治会長」というのが出て来たのでちょっと書いてみますね。

場所によって、名前が町内会長とか隣保班長とか言われていると思いますが、ここ竹田では自治会の一番小さい単位が「集落」という感じでその長ということで「自治会長」と呼ばれています。
で、「宮戸」というという集まり(?)なのですが、今現在は7軒で構成しています。その中の小部落の名前もあるのですが、すごく少ない戸数になって、月に一度の市報の配布の時に回覧板をまわす班、という感じで残っているにのみで、名前を言うことはほとんど無いです。

先日お宮の掃除をしていた時に、周りの柵的な石に「宮砥村宮砥」と掘ってあったので少し前(戦後?)にはそう呼んでいたみたいです(宮戸ではない)。
集落名も割と簡単に、やったかどうかはわかりませんが変わるものなのですね。

多分昔は「自治会長」というのは名誉職で、転入して来たモノなんかはつけなかったはずで、まさか自分がそんな役をするとは思ってはいなかったのですが、人口が減ってかここ何年か務めさせていただいています。
どこの自治会でも「俺んとこはオリンピックや、4年に一回」とかいうぐらいにすごく早くに、役が回っています。

竹田市は本州で高齢化率が「ナンバー1」らしいのですが、この地区はその竹田の中でもベスト3に入っています、ふふふ。
そして、それは日本の40年先の姿らしいんです。
ですから、全国のトップランナーなのですよ、トップ。

で、なんだか色々な取り組みが行政から降りてくるのですが、全部の受け皿が「自治会長会」となる訳です。

そして、過去と比べて高頻度で役が回ってくる。
この辺のところが地域活性化の痛いところです。つまり個人の負担が増えるということですが、大事な役なのですよね。
まあ、やってることは地域のお世話係的なのですが。

それから面白いところが、この会が「行政」と「民衆」との接点になるということです。
そのこと気づいた時は、少し戦慄しました。
皆さん、いい意味でしたたかというか頼もしい。
時々、「ああ、日の本という国はこうやって営まれて来たんだな」ということが垣間見れる気がします。奥が深いですよ、民衆は。

そんな、皆様に鍛えられながら、最大の行事「研修旅行」がもうすぐおこなわれます。
「ただの旅行かい」と前は思っていたのですが、さにあらず。
この、みんなで時間を過ごし「同じ釜の飯を食べる」ことで親睦を深めて、横の人間関係をつむいでいく。素晴らしいシステムやなあと今は思います。

さて、今年はどこなんやろか、旅行。

今日はここまで。

最後まで、読んでいただきありがとうございます。